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2013年10月その2

20131027

掌編「喜劇と復讐劇」

第6回共通テーマ「夏君と冬さんにいじめられて存在が忘れ去られた秋ちゃんの復讐劇」より。

 冬実のために作られたドレスは、学生のハンドメイドという枠を超えて、とても美しかった。部長を含めた、被服部員の大半を擁する我が二組にとっては、舞台衣装の完成度は絶対に譲れぬポイントの一つだった。こだわり抜いたお陰で製作が押して、文化祭はもう明後日。それでもどうにか最後のピースが揃い、舞台稽古も大詰めを迎える。

 教室の机を後ろや廊下に追いやって、どうにかこしらえた擬似舞台で、冬実は雪のお姫様へと変身する。静かな森の奥深くで暮らすお姫様。世界一の美貌を欲する、小春扮するやたらロリータな王妃。王妃は林檎売りへと姿を変えて森に出掛ける。お姫様は毒林檎を受け取って、それを一口かじり……、

「――ふっ! このような浅はかな手で我を仕留めようなどと、笑止!」

 口に含んだ破片を吐き捨て、林檎売りへ言い放つ。「ぬ! 流石白雪! ならばこれでどうだぁ!」王妃が腕を振るうと、背後から林檎の兵士が飛び出してきた。それに対しお姫様がけしかけるのは、選ばれし七人の小さな戦士達。二つの軍勢はやや緊迫感に欠ける奇妙な争いを繰り広げた。

「ぐふっ、おのれ白雪……がくっ」

「我こそ最強! 強者こそがこの世で最も美しいのだッ!!」

 結局、王子様なんか登場せずに、お姫様の堂々たる勝どきで舞台は幕を閉じる。

 以上が二組の文化祭の出展、「喜劇 白雪姫」のあらすじ。

 ……なんだこれ! なんだこれ!!

 私は教室の隅で頭をかきむしった。

 こんなのじゃない!

 私がやりたかった白雪姫はこんなのじゃない!!

 私が書いたシナリオは何処に行ったの!?

 心の平静が遠くに旅立っている私をよそに、擬似舞台では、期間限定の役者達が演技指導を受けている。ああしろこうしろと口出ししているのは、この舞台の監督を務める夏木。自分の思い描く最上の喜劇を得意顔で並べ連ねる夏木を、その隣に立つ冬実を、私は親の仇であるかのように睨みつけた。

 

 ――遡ること、一ヵ月。

 

 我ら二組は、抽選により、文化祭における体育館のステージ使用権という栄誉を勝ち取った。

 早速、クラス会議が開かれ、二組の出展は演劇ということに決定した。題材は白雪姫。主人公の白雪姫は満場一致で冬実に決まった。冬実はクラス、いや学年で一番の美人だからだ。自動的に、冬実の彼氏である夏木が王子のポジションに納まった。王妃は小春となった。みんなからマスコット扱いされている小春には全く似合わない役なのだが、何故か本人が強く希望するもので、押し切られる形で決定した。

 このようにしてまずは役者を選び、次に裏方を決めていった。

 舞台衣装は当然のように被服部員達が担当することになった。既にこの時から、部長は一段と鼻息が荒かった気がする。大道具は殆どが男子で、小道具は殆どが女子だった。

 そして、

「では、千秋さんに決定です」

 脚本が、私になった。

 童話の白雪姫をそのままやるのはつまらない、と誰かが言ったのがきっかけだった。では二組なりにアレンジしてオリジナルの白雪姫にしよう、とも、誰かは覚えていないが、言った人がいる。そうして用意されたのが脚本家のポジションだ。

 突然降ってきた大役に私は昂った。酷い無茶振りだ、とは何故か思わなかった。不思議とやってやろうという気になった。その夜、私は怒涛の勢いで初稿を書き上げた。クラスメートの反応は概ね良好。幾つかの鋭い指摘と、思いもかけないアイデアを受けて、更に三日掛けて昇華させた。

 そうして出来上がった、雪のように白く清い恋物語は……残念ながら、誰にも目を通して貰えぬまま、行方をくらますことになる。

 シナリオを書き上げた翌朝、私は酷い高熱と、節々の痛みを抱えていた。嫌な予感がした。もし私の体に巣食っているのが例のアレだとしたら、向こう一週間、あるいはそれ以上、学校を休むことになる。イコール、脚本の上がりを待っている役者達は路頭に迷うことになる。それは、まずい!

 私は慌てて携帯を手に取り、学校へ電話を掛けるよりも先に、最も家の近い冬実にメールを送った。

 <体調不良!

  シナリオは出来てる! 持っていって!>

 返信が早いことで知られている冬実からのメールは、やはりすぐに返ってきた。

 <大丈夫? お大事に!

  八時頃にお邪魔するね>

 メール通りの八時頃、冬実は夏木を伴って現れ、私の渾身の力作を受け取った。二人を見送ったのち、急に何倍にも膨れ上がっただるさがのしかかってきて、私は玄関で倒れた。結局、私にはインフルエンザの診断が下り、十日もの間、臥せってしまった。

 ……病床より舞い戻ったそこには、ラブストーリーなどありはしなかった。私の目に飛び込んできたのは、仁王立ちの冬実と、がに股の小春と、大道具から引き抜かれた男子達の陳腐な殺陣と、「監督」を自称する夏木の姿だった。呆然と稽古を眺めていた私は、「カアァァァアット!」という夏木の大声で我に返った。休憩に入ったらしいので、戻ってきた小春を呼んだ。

「ねえ、なにこれ……。どうして白雪姫が男前なの? なんで殺陣があるの? 王子は何処に行ったの?」

 矢継ぎ早に問いかけると、小春はくりっとした目をしぱしぱとしばたき、小首をかしげた。

「だって、千秋ちゃんインフルで休んじゃったでしょ? 脚本どうするの、って話になってねえ。そうしたら、夏木君がねえ、監督やるって言い出して、この喜劇版のシナリオ書いてきたの」

「は?」

 小春の言葉に私は間抜けな声を出す。小春は更に続ける。

「みんな大ウケして、これで行こう! ってなったんだよ。あれ? そういえば誰かが千秋ちゃんにメールするって言ってたはずだけどねえ。知らなかった?」

 知らない。そんなの知らない。

 そもそも私は、体調不良による降板などという汚名を被らぬよう、書き上げたシナリオを……他でもないヒロインその人に託したのだ!

 なのに、どうして、脚本家の席は監督へと上書きされて、そこに夏木が座っているの? 私のシナリオがなかったことになっているの? 私の存在が、あたかも忘れ去られたようになっているの?

 稽古の終わりを待って、私は冬実を捕まえた。どうせ、一緒の方向になるということもあって、帰りながら話すことにした。

「どうして白雪姫が喜劇になってるの」

 私の言葉に、冬実は、いやあ、と頭を掻く。

「私、苦手でさあ」

 苦手って、なにがだ。

「ラブロマンスっていうの? あれ、好きじゃない。背中が痒くなるの。ましてや自分で演るなんて、もう、サイアク」

 そんなことは初耳だ。役が決まった時だって文句の一つもなかった。そもそも題材が白雪姫という時点で分かっておけと思った。

「……私のシナリオは」

「あー。貰ってすぐ、読んだ。で、今言った通りの感想。私がそう言ったら、アイツが『なら代わりに面白いの書いてくる』とか言ったから、任せた」

 代わり? 面白いの? 頼んでいない。私は、どっちも、頼んでいない。

「それでさ、アイツ、お笑い好きでしょ? コントね。だから、アレ書いてきたわけ。私も、こっちならまだいいかな、って思って。みんなの反応もよかったし、千秋いなかったし、これで行こう、って」

 じゃあ、私の書いたあのシナリオは、クラスのみんなに見てもらうこともなく……。

「それにしても、男子連中なんかおっかしーのね。殺陣やろうぜ! とか言って、段ボールで武器作ってさ。今時、小学生でもあんなのやらないってのね」

 ああ……そうだね……。

「アイツはアイツで、ノリノリであーだこーだ言ってるし。将来マジで芸人にでもなるつもりなのかな」

 さあ。

「あっ、私こっちだから。じゃあねー」

 うん。

 さようなら。

 かわいそうな、私の白雪姫。

 

 ――そうして、至る、文化祭前日。

 

 目の前に迫る文化祭の気配に、周囲がいよいよ色めいてきた中、私は一人、孤独に深海へと潜っていた。言葉を奪われてしまった人魚は、自由に歩ける足を手に入れることもなく、物言わぬ貝にその姿を変え、沈んでいく。地上を闊歩する全てを恨み、砂に潜る。

 脚本家でなくなった私は、二組出展における無職へと成り下がり、今日までなにをするでもなく過ごしてきた。小道具は人手が足りていると言われ、大道具は力不足と門前払い、舞台衣装は被服部員達の独壇場で近づくことも出来なかった。私はいらない人になってしまった。ただただ、目の前で繰り広げられる喜劇(比喩でなく)を眺めて歯痒い思いをしていた。私が命を吹き込んだ白雪姫を葬った冬実と、それに荷担して喜劇へと塗り替えた夏木に向けた暗い感情を、募らせていた。

 今日は前夜祭だが、今の私は参加するだけの陽気さを持ち合わせておらず、かといってさっさと帰ってしまう気にもなれず、薄暗い教室で、貝になっていた。教室は、ついさっきまでやっていた最終調整の名残で、酷くとっ散らかっていた。当日に使わない教室でも綺麗に片付けていなければならないというのに。折角、被服部員達が縫い上げた衣装も、あまり丁寧でない扱いを受けている。私は深く深く溜め息をつき、せめて衣装をハンガーに掛けてやろうと、のそりと立ちあがった。

 カチャリ、カチャリ、カチャリ。

 ほんの数歩の間で、私の足音が奇妙な音色に変わった。私は上履きの裏を確認した。画鋲が、刺さっていた。三つも。私は足元を注意深く観察した。案の定、画鋲が幾つか、散らばっていた。恐らく、そこに転がっているケースに画鋲が入れられていたのを、誰かが落とすなり蹴飛ばすなりしたのだろう。なんと危ないことか。よりにもよって衣装の近くでこんなざまか。

 私は画鋲を一つ一つ拾い上げて、ケースに入れていった。床に散っていた分を全て片し終えると、念のため、衣装に紛れていないかも確認することにした。やはり、白雪姫の靴の中に、画鋲が入ってしまっているのを見つけた。

「危ないな……」

 ぼそっ、と呟き、画鋲を取り除こうとして、

 その手を、止めた。

 明日、この靴を冬実は履く……。

 よからぬ考えが頭をよぎった。すぐに良心が飛び出して、阻止しようとしたが、それはあまりに矮小で、非力で、黒い波に抗うことなど出来やしなかった。

 水底の貝は、恨んで、恨んで、いつしか毒を持っていたのだ。

 私は靴の中の画鋲を取り出すのをやめた。そして、自分の上履きに刺さりっぱなしの三つの画鋲を引き抜くと、全て靴の中に放り込んだ。靴を元通りに戻す。ケースを床に放り投げる。がしゃん、と、集めた画鋲が再び散らばる。

 私は重い足取りで教室を後にした。窓ガラスに映った自分の顔は、能面で、目は、氷だった。私は力なく微笑んだ。

 気をつけてね、白雪姫。

 差し出されたガラスの靴は、安全とは限らない。

 注意深くならなければ、針が刺さって長い眠りにつくことになる。

 シンデレラと、いばら姫に、アドバイスでも貰ったら?

 ――明けて、文化祭当日の朝。リハーサルに遅れてやってきた私は、なにやらみんながざわついているところに遭遇した。

「どうしたの?」

 と、近くの女子に訊いた。

「冬実、画鋲で怪我しちゃったの」

「……画鋲?」

 私は驚いたような顔をしてみせた。

「昨日、画鋲ケース落っことして、ぶちまけた馬鹿がいたみたいでさ」逆側にいた男子が補足する。「床の分は片付けたんだけどな。よりによって靴に入ってたなんてな……」

「冬実は大丈夫なの?」

 私の問いに、男子は首を振る。

「四つも入ってて、ご丁寧に全弾ヒット。割と酷かったみたいだぜ」

「劇、どうすればいいんだろう」

 と、女子が泣きそうな顔になった。なるほど、周りは、劇をどうするか議論しているようだ。

 どうするか、だって?

 どうしようもないだろうに。

 「喜劇 白雪姫」を白雪姫抜きでやることなど不可能だ。

 クラスメート達の慌てぶりを前に、私は冷静だった。いや、冷酷、と言うべきか。慌てることもないし、ましてや同情など、するわけがない。全て知っているのだ。ラブロマンスが暗殺された瞬間を。悲劇のヒロインが生まれたわけを。私だけが、全て知っているのだ。私だけが、この事象の一切を抱えて、二人の白雪姫と一緒に、柩に入るのだ。

「千秋ちゃん、代役、やれないかな」

 ……は? 誰だ? 今、とんでもないことを言ってのけたのは。

 みんなの顔が一斉にこちらを向く。私はびっくりして、思わず後ずさった。

「私? どうして?」

 誰の発言か分からなかったので、とりあえず、みんなに向けて、言った。

「千秋ちゃんって冬実と同じくらいの背格好だしさ」

 と、理由を述べたのは、小春だった。よりにもよって王妃が、白雪姫を救おうというのか。わざわざ負け戦を演じるために、約束された勝利者を舞台に引き上げようというのか。そちらの方がよほどの喜劇ではないだろうか。

 被服部の部長が、私を上から下まで品定めして、なるほど、と呟く。あの衣装が私にも合うと判断したのだろう。よしてくれ。私はいらない人だ。言葉を失い、毒をもった、哀れで醜い貝なのだ。地上に這い上がることなど出来やしない。

 しかし、ロリータな王妃は、無邪気にその手を海中に突っ込む。

「それに千秋ちゃんって、ずっと稽古の様子を眺めてたから、台詞とか立ち居振る舞い、覚えてるんじゃない?」

 小春に言われて、咄嗟に、考えてしまった。男前な白雪姫のことを。台詞が、一挙手一投足が、いとも容易く思い出された。いつも見ていたから。稽古のたびに、冬実を、憎々しく睨みつけていたから。

 なんということだろう。

 私の中に、白雪姫が、生きているのだ!

 たじろぐ私に、期待の眼差しが集まる。救いを求める手が伸びる。白雪姫が取り憑いて、死ぬのはお前だけでいい、と囁く。

「ね、やろうよ!」

 ――引き揚げられてしまった貝に、呪いが、かけられる。

 最も忌み嫌う相手の姿に、変身してしまう、呪い。

 

<了>

あとがき

今回の共通テーマが明らかに「ストーリー仕立て」へ誘導していたので、掌編として書いてみた。

登場人物を春夏秋冬から名付ければ、とりあえず体裁は整う。あとは復讐劇だ。これがなかなか難儀した。復讐といってもあまり手の込んだことは出来ない。私が馬鹿だからだ! 圧倒的にアイデアが足りなかった。あと時間も足りなかったと言っておく。

復讐を簡潔に済ませるためには、「主人公が復讐に目覚める」という場面が衝動的でなければならないと思った。「復讐を決意した」という場面を作ると、そこからの主人公は徹頭徹尾、復讐のために行動しなければならず、あまりにも動かしにくい。

そんなわけで、今回、主人公の精神状態をとことん悪化させて、魔が差す状況を目の前に転がしてみた。思った通りきっちりやってくれた。

最後は、「人を呪わば穴二つ」で締めた。私は基本的にハッピーエンド厨なのだけれど、今回のケースでそれをやるとさすがに復讐相手に対しオーバーキルだと思った。主人公の精神状態が悪化しすぎていて、そこからどうやっても盛り返せないというのもあった。

なんとか形になったので、ひとまずは満足。いいリハビリにもなった。

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